新たな文化を醸す
クラフトサケの世界
秋田県男鹿市を酒の聖地に
2026.03.21


新たな文化を醸す
クラフトサケの世界
秋田県男鹿市を酒の聖地に
2026.03.21
「ここ数年、和食や寿司の店で、ペアリングに海外のワインを勧められることが目に見えて増えました。でも、例えばフランスでフレンチを食べれば、現地のワインが出てくるのが普通ですし、イタリアでも中国でもそれは同じですよね。なぜ日本だけが、自国の料理にわざわざ海外のお酒を合わせるスタイルが一般的になってきているのでしょうか」

さとタボラのメンバーであり、800degrees各店舗の立ち上げやマネジメントに長く携わってきた兼政(かねまさ)さんは、自身も一日本酒ファン。かねてより、国内で日本酒をもっと盛り上げたいと考えてきました。「若い世代は、二日酔いになりやすいなど良くないイメージを持っていることも多く、日本酒をどんどん飲まなくなっています。このままだと日本酒の文化が廃れてしまいます」。兼政さんは、酒造とのコラボイベントを企画したり、ワイングラスや酒造りのストーリーテリングにより提供方法を模索したりと、日本酒のプロモーションに試行錯誤する中、感じてきたことがあります。それは「日本酒って”難しい”のかも」ということ。

(株式会社STABLESで800degreesのマネジメントに携わる兼政公一さん(右)と、稲とアガベ代表 岡住修兵さん(中央)。旧男鹿駅を改修した稲とアガベクラフトサケ醸造所にて、蔵人であるバーブ・ジョエルさん(左)と共に)
稲作の定着を起源とすると約2000年の歴史を誇る日本酒。その複合的な発酵過程をコントロールする醸造技術は完成度が高く、世界的に見ても高度なレベルまで研ぎ澄まされているといわれます。「生粋のお酒好きというわけではない人たちにとって日本酒は、例えばワインと比べると味の違いがやや複雑で、難解なのかも知れない」。どうしたら日本酒のポテンシャルをもっと広く伝えられるだろう、そう考える中で兼政さんが出会ったのがクラフトサケでした。「その中でも稲とアガベの商品は革新的でした。副原料が入ることでより多様な味わいに発展しながらも、ベースには日本酒の技術がちゃんとある。日本の新しい文化になりうるものだという可能性を強く感じました」。

(稲とアガベの”テーマ酒”である『交酒 花風』。昔から東北地方でドブロク造りに使われていたホップの一種を使い、伝統文化を現代ナイズした代表作)
稲とアガベのサケは自由
各種クラフトサケ商品をとり扱う中で、稲とアガベの商品に関して兼政さんが感じているのは、「味の表現の幅が圧倒的に広い」ということ。「バーテンダーや料理人など、食を創るプロフェッショナルたちは、極めれば極めるほど、味の幅が狭まって行くことが一つの傾向としてあると思います。自分自身の味の趣向が、創るものにも出てくるんですね。すごく分かりやすく言うと、酸味が苦手な料理人とか、甘めが好きなバーテンダーとか。でも、稲とアガベのお酒は酸が尖っているものもあれば、まろやかなものもあり、味の振れ幅が本当に広いんです。それは、杜氏である岡住さん自身の趣向の幅や食の体験が広いのではないかと思います。クラフトサケは自由だとおっしゃる言葉に説得力を感じる味なんです」

出会いから生まれる必然ーそれが醸しの始まり
「僕はクラフトサケは人との出会いの酒だと思っています」。クラフトサケ業界に旋風を巻き起こしていると言っても過言ではない「稲とアガベ」代表の岡住修兵さんはこう語ります。「日本酒文化と他の文化をどう融合させるかという視点でものづくりをしています。僕たちは、フルーツフレーバーとかハーブフレーバーの日本酒を造っているというわけではないんです。お米と麹と他の原料を初期から一緒に発酵させることによって、原料単体では実現できない世界を実現したいというのが僕たちの思いです」。後から添加するのではなく初期段階から共発酵させ、原料同士の化学反応によって複合的な旨みや風味を引き出すというのが「稲とアガベ」の特徴です。そして、その原料との出会いは人との出会いから始まるのだと岡住さんは語ります。「例えば国内外の素晴らしいものづくりをしている人たちに会いにいくと、B品や規格外など、クオリティがとても高いのに価値になっていないものがあります。すると、ではそれでお酒を造ってみようと、そのモノを使う必然性が生まれてきます」。驚いたことに、岡住さんが「おいしい」という基準だけで素材を選ぶことはほとんどないそうです。「必然」から醸し始める文化の融合のストーリー。そして、それに味の評価が伴っていることが稲とアガベの革新であり、技術であるのかもしれません。

文化の融合と、革新的な味わいの追求。ものづくりの哲学と技術を磨き上げる一方で、岡住さんが生涯を捧げたいと願うものがもう一つあります。 その視線が捉えているのは、もっと遠く、広い世界。クラフトサケ業界が抱える文化的・法的・構造的な課題を打破し、変革を牽引するその原動力の根源には、男鹿の町、そして「ものづくりの未来」を考える強い思いがありました。

男鹿を酒の町にしたい
岡住さんが秋田県男鹿市で稲とアガベを立ち上げてからの4年間、男鹿市内でプロデュースした施設は実に9拠点に上ります。男鹿駅の旧駅舎を改修したクラフトサケの醸造所に始まり、 酒粕を再利用したジンなどを製造する早苗饗(さなぶり)蒸留所、クラフトサケと発酵料理のペアリングを楽しむレストラン「土と風」(※シェフの独立にともない、夜のレストラン営業は休業中)、一風堂監修・クラフトサケが飲めるラーメン店「おがや」、酒粕を活用した食品加工所兼セレクトショップ「SANABURI FACTORY」、サウナのあるホテル「かぜまちみなと」、同ホテルに併設する中華料理店「マッチャイナ」、スナック「シーガール」。どの拠点もセンスが光り、男鹿市はすでに新興の酒の町として急速な盛り上がりを見せています。

(旧男鹿駅から徒歩約1分の場所にある「SANABURI FACTORY」)
「でも、これらは全てコンテンツに過ぎません。コンテンツはしばらく経てば古くなってしまいます。本当の意味でこの町を未来に残したいなら、揺るぎない文化の柱が必要で、酒造りこそがその役割を担えると思うんです」。例えばワイン特区の先駆けである北海道の余市や、新潟のカーブドッチワイナリー周辺には、複数のワイナリーが集積し、世界レベルの品質を目指す産地として国内外の注目を集めています。「小さな醸造所が3軒5軒と集積し、30年続けば、それが文化になります。僕たちは、ワインではなく、日本の国酒である日本酒で、男鹿をそんな場所にしたいんです」。しかし、その志を前に現状大きな障壁となるのが酒税法による規制です。日本の法律では、日本酒(清酒)の製造免許の新規発行は原則として認められていません。日本酒を造るには、既存の酒造を免許ごと買収するという手段を選ぶしかないのが実情です。岡住さんは、稲とアガベ立ち上げ前、秋田市の新政酒造で4年半ほど日本酒造りに携わりました。その間、酒造りに情熱を抱きながらも未来が見えず、日本酒業界を去っていく若者たちの存在を目の当たりにしてきました。岡住さんが「生涯をかけて突破したい」と語るのは、「日本酒の新規製造免許」を実質的に解禁すること。今、稲とアガベが男鹿市と共に内閣府に提案しているのは、「国家戦略特区」という制度の活用。男鹿市内を日本酒の特区として規制緩和の対象とすることで、若手醸造家が独立し、自らの日本酒蔵を構えられる「聖地」にすることを目指した取り組みなのです。

(取材時は2026年1月。岡住さんと共に男鹿の街を歩くさとタボラ取材チーム)
岡住さんも独立当初は、「本当は日本酒が造りたい」と考えていたといいます。しかし、造れば造るほどにクラフトサケに無限の可能性を感じている現在。「造っていて、すごく楽しいです。クラフトサケのつくり手はこれからどんどん増えていくと思いますね。人は楽しいことには抗えないので」。現に、日本酒の醸造家たちもクラフトサケのようなプロダクトを造り始めており、海外からの注目度も高まっています。日本人は日本酒に対してステレオタイプな知識があり、本物か偽物かという評価軸になりがちなのに対し、海外の人はフラットにおいしいおいしくないで評価するという点も、クラフトサケの可能性を繋がると岡住さんは考えています。

(1月の男鹿市上空)
クラフトサケは、まだまだ超黎明期。次の担い手にバトンを渡すためにも、現在の杜氏である岡住さんが、醸造技術を磨いて体系化し、より多くのプロダクトを確立することが急務。ヒット商品を創り出す秘訣はあるのでしょうか。最後にそう尋ねると、岡住さんはこんな話をしてくれました。「僕は大学で経営学をかじっていたので、新政の社長に、この商品にはペルソナが設定されているのかと聞いたことがあるんです。すると社長は『いない』と答えました。『ただただ自分がおいしいと思うものを造っている』と。それが、究極のマーケティングだと思ったんです」。自分自身がめちゃめちゃ美味しい、めちゃめちゃ良いと思うものを造ろう。自分に似た趣向の人はそれについてきてくれるはずだ。それでうまく行かないなら、自分が世の中から孤立しているということ。常に自分のことを磨き続ければ、モノは動いていくはず。

男鹿の町は将来、「日本酒の聖地」となるのか、「クラフトサケの聖地」となるのか。日本酒とクラフトサケは共存し、あるいはやがて一つに融合していくのかもしれません。無数の分かれ道が可能性として目の前に広がっている現在。素材をつくる人、出会いをつなぐ人、醸す人、売る人、買う人、そして飲む人。今踏み出すその一歩は、新たな2000年の酒の歴史を刻む足跡となるかもしれません。
新たな文化を醸す、クラフトサケの世界へ、ようこそ。










