ロマンの古代魚にかける夢 自由なアイデアで、地域を盛り上げたい
2024.09.12
ロマンの古代魚にかける夢 自由なアイデアで、地域を盛り上げたい
2024.09.12
レースのような模様を持つ背中の長い突起は、「蝶鮫」の「蝶」の部分。骨ではなく鱗にあたりますが、とても硬く、さばくと「ちゃりんちゃりん」とチェーンを切るような音がするそうです。チョウザメはサメの仲間のように思われがちですが、正しくは「チョウザメ科」という独立した種。それも、シーラカンスが生きていた太古から種として枝分かれし、現代まで数億年もの間生存してきた古代魚なのです。非常に栄養価が高く、ヨーロッパでは「ロイヤルフィッシュ」、中国では「皇魚」などと呼ばれ、古くから滋養増強に良いとして食されてきました。寿命は人間より長く、100年を超えると言います。悠久の時を感じさせる、この不思議な魚にロマンを感じて養殖に乗り出す企業が、小海町にあるんです。
濱野さんは、全国各地に拠点を持つ「株式会社ヴァイタライズ」小海支社の支社長。本業であるIT事業と並行して、地域に根付いたさまざまな事業やイベントを起こす仕掛け人でもあります。ご自身の希望で会社と交渉し、小海町に支店を設立したのは、入社一年目の2021年のこと。もともと長野の南佐久のエリアに移住したいと考えていました。ご出身は、大阪の堺市。長野県とのご縁はインテリア関係に従事していた前職の頃から。
政令指定都市だった堺市から、人口規模10万人ほどの佐久平へ前職で初めて赴任し、様々なギャップを感じました。移動ツールは自転車から自動車になり、行動範囲は広がり、人との関わり方もかなり変わりましたが、そのギャップが、濱野さんにはとても心地よく感じられました。「ここの暮らしが肌に合う」。そう思って、長野の山間部を中心に永住地を探し、自治体を7つほど巡って、最終的に小海町と立科町を検討。立科はすでにIT企業誘致も一定成果が出ており、小海のほうがより担当者と意気投合したため、小海町に支社設立が決まりました。
小海町の魅力を発信していきたい、と、本業と並行して始めたことの一つが、廃業に追いやられていた養魚場を復活させること。手始めに、岩魚やニジマスを手がけてましたが、お隣の南相木村の養魚場も借りないかと声がかかった時、何か地域のフックになるような面白い魚はないかと思案。長野発のチョウザメが「信州皇魚」とブランド化されていることを知り、先駆者の事業者さんに飼育方法を教わるご縁にも恵まれました。
パイプを敷いて、年間を通して温度が一定に保たれる山の湧き水を引き、こまめな世話を経て、現在では200匹ほどのチョウザメを飼育しています。体長1メートルほどの成魚でも、1日に数グラムしか餌を食べなかったりと、知れば知るほどに不思議なこの古代魚の魅力と、一度見ると忘れられない可愛らしいビジュアルがフックにればと、養魚場見学も受け入れています。
キャビアが取れるかどうかは、雌雄判定ができる3年後以降。一般的にもチョウザメ養殖が黒字化するのは飼い始めてから10年後以降と言われますが、IT事業という骨太な本業の土台のもと、チョウザメ養殖を軌道にのせて、町の産業の一つにできたら。「ロマンを追いかけていきたい」と語る濱野さん。
濱野さんに小海町の魅力を尋ねると、様々な話題が溢れます。八ヶ岳の麓である松原湖高原など、大自然はもちろんのこと、「何より人が魅力」という濱野さん。山間部の地方であるというだけで、閉鎖的なイメージを持たれることもあるようですが、「チャレンジしようとする人を応援する風土が根付いている」のが小海町の良さ。人口減少などの過酷な現実も、「何とかしていこう」と前向きに話し合えるような土地柄だと、濱野さんは感じています。
「知り合いの事業者さんをめぐるだけでも面白いツアーができそうです」。最近の言葉で表現するなら、シェアエコノミーや循環産業というのかも知れませんが、「この地域の小規模な人口レベルでも、それぞれの産業が成り立つ工夫をして営まれているのが興味深いんです。宴会一つとっても、飲食業が成り立つように、お金を落とし合ったり、持ちつ持たれつの経済をうまく成立させていて、とても勉強になりますよ」。
しかし、内需で完結した経済には継続に限界も。そこで、例えばチョウザメのNFTアートを販売し、その売り上げの一部を地域の新規事業投資に充てるなど、外から人や企業を呼び込むための仕掛けも展開している濱野さん。これから特に力を入れていきたいのはコミュニティづくりです。地域によっては20年以上もほぼ同じ顔ぶれで仕事をしているようなところもあります。すると、他の地域の人との関わり方や、会話に繋がる自己紹介の仕方さえ不慣れになってしまうことも。他の市区町村と絡むことは刺激につながります。「まずは隣町にどんな人がいて、何が起こっているのか簡単にわかるようなコミュニケーション媒体をネット上で運営していきたいんです」。新しいことをしたいと思う時、遠方に視察に行くのではなく隣町へ行くようになれば。近隣市町村との継続的な関係性が、一過性ではない地域の力となるのでは、と濱野さんは考えています。
もう一つ、農業課題を解決するためのプロダクトとして、濱野さんが開発したのが「HITASHIMAME」。この地域で栽培されてきた鞍掛豆の缶詰です。夏場の白菜などを「高原野菜」とした、葉物野菜の栽培がこの町の基幹産業ですが、大規模農業は力仕事そのもの。例えば白菜の荷積み。立派な白菜は数個で十数キロもの重さ。収穫時はそれを持ち上げ運ぶ作業が延々と続くのです。高齢になると力仕事にも限界が。そこで、もう少し長く続けられるよう、商品化して付加価値をつけて豆を売っていくことを発案しました。
今は手始めに小ロットから生産販売していますが、この商品化を機に、白菜から一面鞍掛豆に転作をしたという農家さんも。鞍掛豆は、雑草に弱かったり、まんまるの大豆と違い、サイズの振り分けが機械でできないため手作業になったりと、なかなか大変なこともあるそうです。しかし、「お土産に買いたくなるような商品力で、長く続けられる収益を生んでいきたい」と濱野さん。長く北信エリアで栽培されてきた「信濃鞍掛」という品種を使っています。海苔のような濃い食味がおいしいと定評。標高が高いところで育てた方が、綺麗な柄が出るのだとも。地元の品種で、おいしさを発信しています。
「小海町は、自然や人や観光資源などリソースがあって、出資も含め町のサポートも充実しているのに、アイデアだけが足りていないんです」という濱野さん。古代魚の養殖、農産物の価値を加える商品開発、市町村をまたぐコミュニティづくり。これからも、濱野さんのアイデアは尽きません。様々なモノや人がつながって、コトが起こっていく。チョウザメの可愛らしい顔を見ていると、ユニークなアイデアの持つ底力が感じられるようです。