冬の風物詩「すんき漬け」 300年木曽の地に根づく発酵文化
2024.11.06

冬の風物詩「すんき漬け」

冬の風物詩「すんき漬け」

冬の風物詩「すんき漬け」 300年木曽の地に根づく発酵文化
2024.11.06

「すんき」という世にも不思議な発酵食をご存知でしょうか。塩を一切使わない木曽の酸っぱい”お漬物”とも言われますが、地元の人の感覚では、冬の間もりもり食べる「野菜」の保存食。チャーハンやカレーなど、さまざまな料理に使います。最も好んで食べられるのが、「すんき汁」と「とうじそば」。塩味と合わせると「すんきは化ける」と言われ、お出汁の中で、酸味や旨味がグッと引き立つそうです。

「すんき」は御嶽山山麓の東北、木曽側の地に300年ほど前から伝わるもの。塩を使わない保存食は世界的に見ても珍しく、木曽の他に似たものがあるのはネパールだけと言われます。「ネパール人の研修生が木曽に来た時、ご飯をふるまったのですが、すんきは癖が強いから好んでは食べないだろうと食卓の端の方においておいたところ、『これ、うちの母も作ります』と言われてびっくり」。そう話すのは、「すんき名人」の野口広子さん。

野口さんはその後、そのネパール人研修生と仲良くなり、一緒にネパールにも行きました。実家で”すんき”に似たその保存食の作り方を見せてもらったところ、驚いたことに、ほぼ同じ。すんきはカブの葉を使うのに対し、ネパールでは大根の実の部分と葉を両方使いますが、実の部分を使ったものの名は、なんと「シンキ」。「本当にびっくりしましたよ。しかもカレーに入れるのも、私たちと一緒」。

木曽のすんきの材料は、この地域の伝統野菜である「王滝かぶ」「開田かぶ」「黒瀬かぶ」などの赤カブとお水だけ。気になるその作り方は、「簡単なのよ」と野口さんは言うものの、非常に手間がかかっています。つくる時期は、冬に差し掛かる11月ごろ。霜が当たって甘さが増したカブを使います。まずはカブの葉の部分も切り取り、洗って刻みます。実の部分も少しついた状態で切り取るのがポイント。ここに、すんきの発酵の素となる、自然由来の乳酸菌がもっとも多く常在しているのだそうです。 刻んだ後は湯がきます。お湯は沸騰させず、70度くらいで。茹でるというよりは「湯通し」の感覚です。そして昨年のすんきを干したものを「種」に、新しい葉と古いすんきを交互に樽などに敷き詰めていき、漬け込みます。お風呂の「いいお湯」くらいの温度に保って一晩寝かせ、一晩で酸っぱくなれば、成功です。

翌日は、今度は昨晩つけた葉を「種」にまた新しい葉を漬けこみ、これを繰り返すことなんと1週間。徐々に良い味に漬かってくるのだそうです。この時期、地元ではすんきの話題が挨拶がわり。「おたくのは酸っぱくなった?」「うちはまだよ」「あそこの家が今年はいい酸っぱ味が出たらしいよ」噂が広まると、良い「種」を求めてお裾分けをし合うこともよくある風景なんだとか。

野口さんは、自身の工房ですんき体験講座なども定期的に行っています。毎年1300kgものすんきを漬けますが、最近はカブを作ってくれる農家がなかなかいないとのこと。南木曽など他の地域の農家さんに委託したところ、びっくりするほど味が変わってしまったそうです。寒冷な開田高原の気候で育てたカブでないと、酸味が出ず木曽らしい味にはなりません。それは、寒さによってカブが蓄えた糖が乳酸菌の餌になるためとも言われます。そのため、野口さんは使うカブも自身の畑で育てています。

すんきもシンキも、植物に常在する乳酸菌が発酵の素。このような乳酸菌による発酵文化はネパールから中国、韓国、日本の山間地へと連なっており、「乳酸菌ベルト」とも呼ばれます。近年農大ですんきの研究が行われ、すんきには非常に多くの種類の乳酸菌が含まれていることが分かりました。その中には酸味や風味を出す菌もいれば、琥珀酸(こはくさん)というシジミに似た旨みを出す菌も。「いいお湯」の温度で発酵が進む菌もいれば、そこから冷めて常温になる間に発酵する菌もいます。すんきの酸味と旨みは、さまざまな菌のバランスによる複合の味なのだそうです。


(昨年実施された「美と健康の発酵ツアー」。すんき入りのとうじそばに、参加者は舌鼓)

おいしくなるかどうかは、毎年願掛けのようなもの。木曽町では、毎年自前のすんきのおいしさを競い合う「すんきコンクール」が開催されます。しかし、野口さんのように一度「名人」のに選ばれても、翌年も同じ人が名人に選ばれることはほとんどありません。カブの状態や、気候やつくる環境も含めて、さまざまな条件のバランスで、味には雲泥の差が。そのため、「すんきをつくる日は子供を実家に預けて作業に集中したり、来客があってもちょっと待ってもらったりする」のだそうです。「みんな気合を入れてつくって、その出来栄えを楽しそうに話題にするので、それで自分もやってみたくなったの」という野口さん。

野口さんはすんきづくりに関わって50年というベテラン。しかし、今と昔とでは味も少しずつ変わっているそうです。「昔のすんきは雑味がなくてスカッとした味。じわっと酸味がきてね。でも今のすんきは食べた途端に複雑な味がする」。つくる時の場所や人の手、保管しておく建物の条件など、すべてが昔とは異なります。昔は隙間風の多い日本家屋で、吹雪の時は粉雪が舞い込むような厳しい冬につくっていたすんきですが、現代は指定すればその温度のお湯が出て、高気密な空間に暖房設備が整い、隙間風とは無縁です。「気候や住環境に合わせて、変えていかなくちゃいけないですよね。これからの若い人たちには、自分がおいしいと思う方法ですんきを作り続けて欲しいです」

木曽では、すんきがうまくできれば、その年は良い年になると言われます。今年9月の下旬、野口さんの畑で育つ柔らかいカブの葉をいただいくと、そのフレッシュなおいしさにみんなびっくり。ちょうどそろそろすんきを漬け込む時期。野口さんの畑のカブはきっとおいしく育っているはず。今年はとても良い年になりそうです。

Information 木曽町に関する情報はこちら

TOPにもどる